ピアノ調律師、ジェフスキのブログ

横浜市神奈川区在住、ピアノ調律師ジェフスキのブログ

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    初夏になりました。乙女の祈りの曲名が分かり、弾いてみたい!と言う気持ちが強くなりました。

    そこで、中学三年生の時に知った全音ピアノピースを購入することにしました。週末に母と駅前の商店街に行き、地元の楽器店(後に就職する会社)に楽譜を見に行きました。

    ずらりと引き出しに入ってる全音ピアノピース、その横に一覧表もありすぐに見付けることが出来ました。

    一曲412円でした。「一曲でこの値段か…ちょっと高いけど本で買うよりは安いし仕方無い」とピアノピースを購入しました。

    手に取るのは中学三年生の時以来でした。やはり中身は学校帰りに立ち読みしてる楽譜とペダルの記号の箇所など微妙に違う所がありました。
    32分音符がぎっしりと書かれた楽譜を見て「弾けるかな~??」とワクワクしながら帰宅して早速譜読みを始めました。



    次回に続く…

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    通学の帰宅途中に立ち寄ったゆめタウンで見た楽譜を記憶に、早速家の電子ピアノでそのメロディーを弾いてみました。するとやはりそれは僕が思っていた曲のメロディーでした。
    その曲とは、中学三年生の時に音楽の授業でクラスメートのH田さんが演奏した曲でした(詳しくはこちはを参照)

    「この曲だったのか~!!」と、それまでモヤモヤしてた事が解決しました🎵

    その曲名は、バダジェフスカ作曲の「乙女の祈り」です。
    乙女の祈り、オルゴール
    (これは私が演奏したものですが、後日カメラで撮影したものを改めてアップします)


    あの日、友達のF本が「お前この曲弾ける??」と言った言葉が頭をよぎりました。「弾いてみたい!弾けるかな??」と言った感じですぐにでも楽譜を購入したくなりました。しかし、一冊1000円以上する楽譜を一曲の為だけに購入するのは高校生のお小遣いでは厳しいものがありました。
    そこで、再び中学三年生の時に初めて知った全音ピアノピースの存在をすぐに思い出しました。
    「あの楽譜は確か一曲400円だったな😃次の休みに駅前の楽器店に行ってみよう」とそれまで弾いた事が無かったクラシック音楽に興味を持つ最初のきっかけとなりました。


    次回に続く…

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    電子ピアノが納品され、学校から帰宅すると真っ先にピアノの前に座り、楽譜を広げて好きな曲を練習すると言うのが日課になりました。
    その時のレパートリーは、ジブリの作品、そしてドラクエのBGMでした。

    学校生活では部活は弓道部に入部し、初めてスポーツを体育以外で行うこととなりました。
    かなり人気の部活で当初は1年生だけでも20人くらい入部した人がいました。

    ただ、不真面目な僕は何かと理由をつけて部活動そっちのけで帰宅することが多く、中々弓を持つ段階には進みませんでした。


    初夏になり、クラスメートのS森と一緒に帰宅することが多かったのですが、いつも学校の近くにある大型スーパーゆめタウンに寄り道して帰宅してました。
    ある日、S森が「ゆめタウンの本屋さん、楽譜コーナーがあったよ」と言ってきたのでその売り場を教えてもらいました。
    数は少ないけどロックやポップス、アニメ等の楽譜が販売されてました。
    その中にドレミ楽譜出版社から出てるピアノ名曲110選と言う楽譜が3冊出てました。
    難易度がA~Cまでのものなのですが、この時僕は中学三年生の時に初めて見た全音ピアノピースとタイアップしてるものだと勘違いしてしまいました。
    全音ピアノピースの難易度はA=初級、B=初級上、C=中級、D=中級上、E=上級、F=上級上と言う分類になってました。
    僕はそのランクで分かれてるものと思い、中級までの曲がこの三冊の本に収められてるのだと勝手に思い込んでしまいました。
    クラシック音楽に全然興味はなかったのですが、Bの本を手に取りパラパラとめくって見てみました。すると中学三年生の時に少しだけ譜読みをしたトルコ・マーチがありました。「あの時二頁目で挫折した曲だ~」とよく見てみるとピアノピースにはあったペダルの記号が無く、指使いも所々微妙に違ってました。「同じ曲なのにどうして違うんだろう??」とこの時とても不思議に思いました。さらにページをめくると、32分音符がやたらと続く、見た感じ難しそうな曲がありました。

    「これでB(初級上)??」と楽譜の音を追って見ると、「あれ?もしかしてこの曲は…」と思う楽譜でした。

    幼い頃からレッスンを受けてない僕は、楽譜を見ただけではそれがどんなメロディーなのか全く頭の中では分からず、ひとまず出だしの右手のメロディーだけ二小節位頭に入れて、帰宅して弾いてみることにしました。


    次回に続く…

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    5月の連休も終え、お婆ちゃんのお店に遊びに行きました。お婆ちゃんは「ピアノは届いたか??」とにこやかに聞いてきたのですが「まだ届かない。ダイイチからも何も連絡来ないよ」と伝えると「鍵盤1つ直すのにそんなに時間がかかるものなんかな?お母さんから催促の電話してもらった方が良いね」と母に再度納品がいつになるのか問い合わせてもらいました。
    そして3日くらいしてようやくダイイチからピアノ納品の連絡がありました。
    契約をして二ヶ月近く過ぎてのやっとの納品です。土曜日の午後に指定してもらい、その日は学校終えると真っ先に家に帰宅しました。

    「いよいよ電子ピアノが納品される!」心の中はかなりウキウキしてて業者さんが来るのが楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。

    そして、いよいよ業者さんが来てピアノの組み立てを始めました。
    父もその場に立ち合ってて組み立てる様子を興味深そうに見てました。それまで見たこと無い電動のドライバーで瞬時にネジ締めをしたりする様子を見て「凄いな~」と僕も組み立て様子を見てました。

    組み立てが完了すると電源を入れ、業者さんが冗談混じりに猫踏んじゃったの冒頭部分を弾いて笑いながら「出来ました」と言いました。

    父が「悪いがこの古いオルガン持ち帰ってくれるかね?」と言い、中学3年間弾いてたオルガンは少し寂しいけど引き取ってもらいました。


    オルガンとは違う広い音域、ペダル、音量調整、早速弾いてみましたが、それまで狭かった音楽世界が一気に広がった感じでした✨

    そしてお婆ちゃんに電話をし、「ちょっと一曲弾くから聴いて🎵」と受話器をピアノのそばに置き、一曲弾いて聴いてもらいました。電話の向こうでお婆ちゃんも僕の演奏をとても喜んで聴いてくれました🎵

    この日はとにかく嬉しくて何時間も続けてそれまでオルガンでマスターした曲を次から次へと弾いて遊びました。


    次回に続く…

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    5月に入り、学校では1年生のみ毎年ある夜間歩行が行われました。連休前に夕方くらいから全員バスで山奥に連れて行かれ、そこから翌朝まで学校に歩いて戻ると言う内容でした。例えどんなに気分が悪くなろうとも必ず全員歩いて戻らなければならないと言うもので、一年生を受け持つ先生も歩かなければなりませんでした。
    何十キロもの山道を無事に歩いて戻れるのかと言う不安もあれば、少し楽しみもありました。途中野犬など出没する場所を通らなければならないのですが、周りに大勢の同級生がいることもあり怖いといった感じではありませんでした。

    五月とはいえ真夜中はまだ肌寒く、ぶるぶると震えながら歩くことになりました。

    歩いても歩いても山道、周りもどんどんつかれて会話も少なくなってきました。

    夜明け、やっと山道を降り錦帯橋で一旦休憩をしたのですが、もう疲れと睡魔がピークになり目を閉じるとすぐに眠ってしまう状態でした。

    最後の気力で学校に到着し、自転車で帰宅したのですが、連休初日の昼間は疲れ果てて眠りました。


    連休も終えたころ、ダイイチから電子ピアノ納品の連絡がありました。購入して一ヶ月以上もかかったのですが、めでたく納品日が決まりました。

    ピアノが納品されるのは土曜日、その日を楽しみに過ごす日々が続きました。


    次回に続く…

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    高校生活も慣れてきた頃、周りは仲良しグループ等出来てきました。僕は中々周りと打ち解けることが出来ず、友達が中々出来ない状態でした。
    ある授業中、睡魔が襲ってきてうつらうつらとしてしまい、はっと気付くとその様子を見てたY本君が見てて笑いながら「大丈夫??」と言ってきました。「大丈夫大丈夫!!」と笑いながら答えたのですが、それまで恐ろしいイメージしかなかったY本君の笑顔を見たのはその時が初めてでした。

    苦手な体育の時間になり、特に授業の課題が無かった最初の頃は中学生の授業で行ってた球技を一通りすることになりました。
    最初はバレーボールでした。中学生の授業でバレーボールは一度もサーブが相手チームのコートに入ったことがなく、サーブを打つ度に手が痛くなり苦手意識しかありませんでした。

    自分がサーブを打つ番になり「来たか…」とやけになってサーブを打つと、初めて相手のコートに入り、運良く点数も取ることが出来ました🎵「あれ?いつの間に腕の力が付いたんだろう??」とその後もサーブを打ちましたが、かなりギリギリの場所までボールが届いたりしてネットに引っ掛かるといったこともありませんでした。ただ、コントロールは全く出来ず、どこにボールが跳んでいくのか自分でも分からない状態だったため、相手のチームも打つ度に跳び方が違うボールを打ち返すのがある意味難しかったようです(^_-)
    しかしサーブもアウトになってしまいコートに戻ったのですが、ゲームを仕切ってたY本君は再び笑顔で「ドンマイドンマイ!とにかく楽しくやろう!!」と言ってくれました。
    そのお陰もありその日の体育の時間は楽しく過ごせてことと、人は見掛けだけじゃないと言うことを改めて知ることとなりました。

    こうして少しずつ周りとも打ち解けられ1ヶ月が過ぎ、季節は五月になりました。しかし、三月に購入した電子ピアノはまだ届かず、一番楽しみにしてる納品はいつになるのか分からない状態でした。


    次回に続く…

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    高校生活もスタートし、少しずつ新生活も慣れてきました。しかし、人見知りの激しかった僕は中々周りの人と話すことが出来ませんでした。
    出席番号順の席で、僕の前には大嫌いなS森、そして後ろの席は広島から通学してる不良みたいな感じのT木君がいたため後ろに振り向いて話すことはしませんでした。
    他には野球部のとても長身なM本君が少し離れた席に座ってましたが、「あの人怖そうだな。。授業中堂々と居眠りしてるし目を付けられたら間違いなく虐められる…」と極力目に付かないようにする日々が続きました。

    中学生の時はとにかく勉強がついていけなかったため、高校生はついて行かねばと授業は真面目に受けてました。

    先生が誰かに質問を投げ掛けても答えられなかったり間違えた回答をする人が多かったため「他の人も分かってないんだ」と中学生の時には無かった安心感のようなものがありました。

    僕の頭の中には春休みに購入した電子ピアノの到着が常にありました。しかし、2週間以上経過したにも関わらず、ダイイチから連絡もなく全く納品される気配がありませんでした。

    母にお願いして催促の電話をしてもらうも、「もう少々お待ちください」としか言われませんでした。
    少し苛立った母は「届かないんだったらキャンセルしようかね!!」と口にしてました。

    いつまで経っても届かない電子ピアノ、本当に納品されるのか不安になってしまうのでした。



    次回に続く…

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    高校生になると英語1、英語2等同じ教科でも二種類あるものが多く、中学生の時には5教科しかなかった試験も一気に増えてしまい、授業内容もてんこ盛り状態となりました。
    そんな中、芸術系の音楽、美術、書道に関しては選択科目となりました。ピアノが好きな僕は迷わず音楽!と思ったのですが、歌のテストの事を考えると気持ちが憂鬱になるため選択した教科は美術でした。
    入学式の日、父兄も教室にいたのですが、教科書配布の際僕が美術の教材を受け取ったため、母が「あんたピアノ弾くのに音楽じゃないの??」と言ってきました。周りの人達に聞こえるような大きな声で言ってきたため恥ずかしくなり「いいの!歌のテストが嫌だから美術を選択したの!」と小声で伝え、他の父兄に笑われて恥をかいてしまいました。

    歌(合唱)が無ければ迷わず音楽を選択したのですが、中学生の声変わりから人前で歌を歌うことが苦痛となり、音楽は断念しました。

    でも音楽の教材を受け取ってるクラスメートの姿を見て「あの教科書にはどんな曲が収録されてるんだろう??」と教科書の中身が凄く気になってしまうのでした。



    次回に続く…


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    念願の電子ピアノを購入し、納品を楽しみに春休みも終え高校一年生になりました。中学校とは比べ物にならない大きな学校で、普通科は9クラス、商業科は3クラス、6年制普通科は3クラス、隣には短大もあり教員だけでも100人以上いる学園でした。
    中学校から引き続き同じ学校に入学した同級生も分散され教室内は周りは殆ど知らない人だらけでした。
    保育園の時からずっと一緒だった親友のH田君とは残念ながら同じクラスになることが出来ませんでした。もう一人保育園の時から一緒だったS森と同じクラスになったのですが、保育園から
    一緒だったにも関わらず過去に同じクラスになったのは中学二年生の時でした。
    出席番号順に並ぶと僕の前になるのですが、僕はS森の事が大嫌いでした。そう思ってたのは僕だけではなく、同級生ほぼ全員が同じ様に思ってました。
    しかし、周りがどんな人たちなのかも分からず、人見知りの激しかった僕は他に話す相手もなく最初の頃はS森と渋々会話をするようになりました。

    中学生の頃は髪を伸ばしてはいけず、男子は全員丸坊主だったのですが広島県から来てる人達は皆髪を伸ばしてました。「同級生なのにこの差は何だろう…」と疑問に感じつつ虐めだけは受けたくない思いもあり、少し周りと距離を取る自分がいました。

    こうして周りと打ち解けていけるのか、赤点を取って上の学年に上がることが出来なくなるのではないかなど不安だらけの高校生生活が始まったのです。


    次回に続く…

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    中学生生活も終え、春休みに入りました。宿題もなく、のびのびと過ごせる休みとなりました。いつものように母と街に買い物に出て、一人でぶらぶらとお店を歩き回りました。そして、何気なく立ち寄った家電量販店のダイイチに立ち寄ると、1台電子ピアノが展示されてました。
    値段を見ると10万円ちょっとでした!当時電子ピアノの金額は30万円前後だったと思います。「この金額なら自分の貯金で買うことが出来る!!欲しい!!」と思い、母と合流して電子ピアノを購入したい事を伝えました。しかし母の口から出た言葉は「何を馬鹿なこと言ってるの!!そんなもの買えるわけ無いでしょ!」と全く耳を傾けようともしませんでした。
    そのままお婆ちゃんのお店に寄りました。
    僕の顔色が悪い事に気付いたお婆ちゃんは「しんや、どうした??頭痛いんか??具合悪いんか??」と言ってきました。
    母は呆れた様子で「今ダイイチに行ってきたんだけどね、電子ピアノが10万円で売ってるから買いたいとか馬鹿なことを言ってるのよ」とお婆ちゃんに言いました。
    するとお婆ちゃんは、「本人が前から欲しい欲しいって言ってたんだし、高校にも行ける事になったんだからそのくらい買ってあげてもいいじゃない。ほらほら、婆ちゃんが1万円あげるから残り9万円になるね」と1万円をプレゼントしてくれたのでした。
    子供の頃からお婆ちゃんの家の二階にあるオルガンを弾いてる僕の様子を見て、身内の中でピアノを購入することに賛成してくれてたのはお婆ちゃんだけだったのです。
    不機嫌な母に連れられて再びダイイチに戻りました。
    ピアノ売り場に行くなり店員さんにかなりな喧嘩腰の口調で「何でこのピアノこんなに安いの!!??」と聞き出しました。安かった理由は新商品発売のための在庫処分と言うことでした。そして「この10万飛んで、って飛んでって言うのが私は好きじゃないのよ!」と言い、10万円ジャストで購入することになりました。一つだけ鍵盤が欠けた状態だったため、欠けた鍵盤を修理しての納品となりました。納品まで2週間が目安と言われました。
    かなり不機嫌な様子で契約書に母はサインをし、お店を出るなり「ちゃんと勉強するんよ!!」と言ってきました。

    こうしてお婆ちゃんの助けもあり、欲しかった電子ピアノを購入することが出来たのでした。


    ピアノと僕~少年期の思い出~完結

    ピアノ調律師への道に続く…

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